大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)8402号 判決 1981年5月25日
原告 宮川一郎
原告 宮川加代子
右両名訴訟代理人弁護士 中山厳雄
被告 株式会社永田工務店
右代表者代表取締役 永田嘉朗
右訴訟代理人弁護士 松岡滋夫
主文
一 被告は、原告らに対し、それぞれ金五六五万九〇六二円及び内金五一五万九〇六二円に対する昭和五五年一月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決第一項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、それぞれ、金一二五〇万円及びこれに対する昭和五五年一月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
原告らの長女である宮川景子(以下「景子」という)は、昭和五四年四月一〇日午後五時五〇分頃、豊中市勝部一丁目七九番一の土地上の水たまりに転落して死亡した。
2 被告の責任
(一) 工作物責任
(1) 被告は、右土地を占有管理し、残土置場として使用していたものである。また、右水たまりは、廃材やガレキなどを捨てるために掘られた穴に雨水などがたまってできたものである。
したがって、右残土置場及び水たまりは、土地の工作物であり、被告は右工作物の占有者である。
(2) 本件水たまりは、奥行四メートル以上、横幅九メートル以上、水深一・五メートル以上の大きさであり、ふちの一部は鋭く切れ込んでおり、土砂は崩れやすいため、人が転落する危険性は大きかった。また、本件残土置場の面する公道は、児童の通学路となっており、児童が本件残土置場内に立入って水たまりに近づき、誤って転落する危険性が大きかった。
にもかかわらず、本件残土置場の公道に面する部分のうち四・一メートルはフェンスもなく、自由に立入ることができ、立入禁止の表示等もなされていなかった。また、本件水たまりは、長期間にわたり、転落防止の措置が何らとられないまま放置されていた。したがって、本件残土置場及び水たまりの設置、保存に瑕疵があったものである。
(3) 景子は、友達と一緒に自宅から約一〇〇メートルはなれた本件残土置場に行き、公道から入って水たまりのそばで遊んでいるうち、転落して死亡したものである。したがって、本件事故は本件残土置場及び水たまりの設置、保存の瑕疵によって発生したものであるから、被告は、民法七一七条により、原告ら及び景子が本件事故によって被った後記損害を賠償する責任を負う。
(二) 不法行為責任
被告は、本件残土置場、水たまりの前記のような危険性から、本件のような水死事故の発生が十分予想しえたにもかかわらず、重大な過失により、何ら事故防止の対策を行わずこれを放置し、よって、本件事故を惹起したものである。したがって、被告は民法七〇九条により、原告ら及び景子が本件事故によって被った後記損害を賠償する責任を負う。
3 損害
(一) 景子の損害
(1) 逸失利益 金一〇六三万六二五〇円
景子は、本件事故当時満四才であり、満一八才から六七才まで少なくとも年額一二〇万三四〇〇円(昭和五三年賃金センサス産業計労働者計学歴計一八才)の収入を得られたはずであるから、生活費として五割を控除し、ホフマン方式により中間利息を控除して、景子の逸失利益を計算すると、左記の算式により金一〇六三万六二五〇円となる。
120万3400円×(1-0.5)×(28.086-10.409)=1063万6250円
(2) 慰謝料 金一五〇〇万円
本件事故による景子の精神的損害に対する慰謝料としては金一五〇〇万円が相当である。
(二) 原告らは、相続により、景子の被告に対する右損害賠償請求権金二五六三万六二五〇円を二分の一ずつ取得した。
(三) 弁護士費用 金二〇〇万円
4 よって、原告らは被告に対し、民法七一七条または七〇九条に基づく損害賠償の内金として、それぞれ金一二五〇万円及びこれに対する弁済期経過後で訴状送達日の翌日である昭和五五年一月三一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張
1 請求原因1のうち、事故発生の時刻は知らない。その余の事実は認める。
同2(一)(1)のうち、被告が本件土地を占有管理していた事実は認め、その余の事実は否認する。同2(一)(2)の事実は否認する。同2(一)(3)の事実は知らない。被告が工作物責任を負うとの主張は争う。
同2(二)の主張は争う。
同3の事実は否認する。
2 本件水たまりは、約二メートルないし三メートルの堆積物の山の中腹にたまたま積まれたコンクリート状の板が重みで約一メートル陥没して、自然に穴が形成され、本件事故の前々日である昭和五四年四月八日の多量の降雨によって、水深約一メートルの水たまりとなったものである。したがって、本件水たまりは、民法七一七条の工作物に該らない。
3 本件土地のうち公道に面する南側部分にはフェンスが設置され、その中央の入口部分には、以前は扉がつけられ、使用時以外は施錠されていた。その後、他の建築業者が再三にわたって扉を破壊して不法投棄をするため、やむなく扉を取りはずしていたが、本件事故当時、入口の北側に長さ二・五メートルのブルドーザーを置き、さらに、両側のフェンスの間に二本の太い柱をわたして、人の出入を防ぐ手段を講じていた。
また、右入口から本件水たまりまでは、高さ約一・五メートルのヘドロの山で、雨水を含んで泥状となっており、大人でも本件水たまりまで達するのは困難な状態であった。
したがって、被害者らが本件水たまりに達したこと自体が極めて異常な出来事であり、被告に対し本件水たまりについて転落を防止する措置を講ずることを要求するのは酷であって、本件事故は不可抗力によるものというべきであり、被告に責任はない。
三 抗弁
1 示談の成立
被告は、昭和五四年四月一一日、弔慰の意味において金一〇〇万円を原告らに贈り、原告らはこれを快く受領した。
2 過失相殺
本件事故発生当時、景子の親権者である原告らは不在であり、特に、母である原告宮川加代子は当時外出し、午後九時頃帰宅している。
景子らは、自宅から北の畑を通過し、入口の横木をくぐりぬけてヘドロの山にのぼり、ブルドーザーをこえて奥に進んで本件水たまりに至ったものである。当時満四才一〇か月になる景子は、当然、右のような状況下で危険性の判断は持ち合わせていたものであり、もし、これに欠けるとすれば、原告らが危険防止に対する注意義務を怠った結果というべきであり、いずれにしても大幅な過失相殺が認められるべきである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は否認する。被告総務部長増田辰美が持参した金五〇万円を、原告一郎が預った事実はあるが、示談解決したことはない。
2 抗弁2のうち、原告加代子が外出していた事実は否認し、過失相殺の主張は争う。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実は、本件事故発生の時刻を除いて当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、昭和五四年四月一〇日午後五時五〇分頃、景子が本件水たまりに転落する事故が発生し、同日午後六時二五分頃、同女が死亡した事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
二 被告の工作物責任について
1 被告が本件土地を管理していた事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告は本件土地を残土置場として使用し、残土や廃材、コンクリート片などを約一メートルないし二メートルの高さに積上げていたところ、本件水たまりは、右堆積層の一部に廃材等を捨てて燃やすために掘られた穴に雨水等がたまってできたものであることが認められる。
民法七一七条一項にいう「土地の工作物」とは、土地に接着して人工的作為を加えたものと解されるところ、右各事実によれば、本件水たまりは土地の工作物に該当し、被告はその占有者であると認められる。
被告は、本件水たまりは、堆積物の山に積まれたコンクリート板が重みで陥没して自然にできたもので、土地の工作物に該当しない旨主張し、《証拠省略》中には右主張に沿う供述部分が存するが、右供述は後記認定の本件水たまりの規模、水深、形状に照らして措信できず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。
2 《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。すなわち、
(一) 本件土地は、原告ら外数十世帯の居住する住宅地から北方約一五〇メートルの位置にあり、南側は東西に走る幅員七メートルの公道に接しており、右公道は、本件土地の東方約五〇〇メートルにある原田小学校に通う学童の通学路となっていた。
(二) 被告は、建築を業とする会社であり本件土地を一〇年ほど前から残土置場として利用し、建築現場から出る残土、廃材、コンクリート片等を運びこんで、約一メートルないし二メートルの高さに積上げていた。被告は、本件土地の東、西、南の三方に高さ約一・七メートルのフェンスを設置し、公道に面する南側フェンスの中央約四メートルの入口部分には扉をとりつけて施錠していたが、他業者が度々右扉を破壊して廃棄物を不法投棄したため、本件事故当時は、右入口部分には扉を設置しておらず、公道から自由に立入ることができる状態であった。
(三) 本件水たまりは、昭和五四年二月頃、廃材等を燃やすために掘られた穴に雨水等がたまってできたもので、本件残土置場の南側道路から約一〇メートル余り北方に入った地点にあり、長径約九メートル、短径約五メートルの楕円形で、ふちは切立ってすり鉢状になっており、水深は、本件事故当時、最も深いところで約一・五メートルであった。本件水たまりの周囲には、転落を防止する柵等の設備はなく、立入を禁ずる表示もなかった。
(四) 景子は、友達二人と一緒に南側入口部分から本件土地に入り、本件水たまりの傍で遊んでいるうちに誤って転落し、死亡した。
以上の事実が認められる。
右各事実によれば、本件水たまりは、その規模、形状からみて、学童や幼児が接近した場合、誤って転落する危険性が高いものであるにもかかわらず、水たまりの周囲に柵などの設備はなく長期間放置され、かつ、本件残土置場への立入を防止する十分な措置も講じられていなかったのであるから、土地の工作物たる本件水たまりの保存には瑕疵があったというべきであり、本件事故は右保存の瑕疵により発生したものと認められる。
被告は、本件残土置場の南側入口部分には二本の丸太をわたして、立入を防ぐ措置を講じていたから、景子らが本件水たまりに達することは困難な状態であったから、被告に責任はない旨主張するが、《証拠省略》中、右主張に沿う供述部分は、《証拠省略》に照らして措信できず、他に、前記認定を左右するに足る証拠はない。
3 したがって被告は、民法七一七条一項により、原告らが本件事故によって被った損害を賠償すべき責任があるというべきである。
三 損害
1 景子の損害
(一) 逸失利益
《証拠省略》によれば、景子は本件事故当時満四才七か月の健康な女児であったことが認められ、したがって、景子は、少なくとも満一八才から満六七才まで四九年間、職業に就いて収入をあげえたであろうと推認されるところ、昭和五三年賃金センサスによる一八ないし一九才の全産業女子労働者の平均収入は、月額賃金金九万〇三〇〇円、賞与その他特別給与額金一一万九八〇〇円、年間合計金一二〇万三四〇〇円であるから、景子は前記就労期間中、少なくとも毎年右額の収入を得ることができたものと認められる。そして、景子の生活費としては、右収入額の五〇パーセントを要するものとするのが相当であるから、ホフマン式により中間利息を控除して、景子の逸失利益の現価を計算すると、左記の算式により金一〇六三万六二五〇円となる。
120万3400円×0.5×(28.086-10.409)=1063万6250円
(二) 慰謝料
本件事故による景子の精神的苦痛に対する慰謝料は本件に関する諸般の事情を勘案すると、金一〇〇〇万円と認めるのが相当である。
(三) 過失相殺
《証拠省略》によれば、景子の母親である原告宮川加代子は、普段は午後五時頃に景子を家の中に入れていたが、本件事故当日は午後五時すぎ頃、景子を自宅前で遊ばせて、家事をしていたこと、景子はしばらく自宅前で遊んだ後、同年代の幼児二人と共に、自宅の北の田のあぜ道を通り、車の通行量の多い公道を横断して、自宅から約一五〇メートル離れた本件残土置場に入り、遊んでいるうちに本件事故に遭ったこと、その間、原告加代子は景子が自宅前で遊んでいるものと思い、様子を見に出たり、家に呼び入れたりせず、午後五時五〇分頃、景子と一緒に本件残土置場へ遊びに行っていた幼児から本件事故の発生を知らされるまで、景子が自宅前にいないのに気づかなかったこと、以上の事実が認められる。
四、五才の幼児の場合、未だ十分な危険認識能力や危険回避能力を備えるに至っていないのであるから、監護義務者としては、危険な場所に近づかないよう普段から幼児に注意するとともに、幼児が一人で危険な場所に遊びに行くことのないように、その行動に気を配るべき注意義務があると解されるところ、前記各事実によれば、景子の監護義務者たる原告加代子において右注意義務を怠った過失があり、右過失も本件事故の一因となっているというべきである。そして、本件のように被害者が幼児である場合、これと身分上ないし生活関係上一体をなすとみられる関係にある者の過失をも被害者側の過失として損害賠償額算定に当たり斟酌しうるものと解すべきであり、原告加代子の前記過失は右被害者側の過失に該当するものであるから、本件事故の態様その他諸般の事情に照らしてこれを斟酌し、景子の前記(一)、(二)の損害のうちその五割を減ずるのが相当である。
そうすると、景子の損害額は金一〇三一万八一二五円となる。
2 相続
《証拠省略》によれば、景子の両親である原告らにおいて、それぞれ、景子の前記損害賠償請求権の二分の一である金五一五万九〇六二円ずつを相続により取得したものと認められる。
3 弁護士費用
《証拠省略》によれば、原告らは、被告から本件損害賠償請求権につき任意の弁済を受けられなかったため、弁護士である原告代理人に本訴の提起、追行を委任した事実が認められる。そして、請求認容額、事案の難易その他の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係のある損害というべき弁護士報酬額としては、原告らにつき各金五〇万円と認めるのが相当である。
四 被告は、原告らに金一〇〇万円を贈り、原告らがこれを受領して、示談が成立した旨主張するが、右主張を認め得る的確な証拠はなく、かえって、《証拠省略》によれば、被告総務部長が金五〇万円を持って原告ら宅を訪れ、原告宮川一郎が預り証を書いて右金五〇万円を預ったことはあるものの、示談の話は一切なかったことが認められる。したがって、被告の右主張は失当である。
五 以上によれば、原告らの本訴請求は、各自前記損害金合計金五六五万九〇六二円及び内弁護士費用を除く金五一五万九〇六二円に対する弁済期経過後である昭和五五年一月三一日(本件訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 久末洋三 裁判官 塩月秀平 山下郁夫)